美術室とブラックコーヒー

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はじめてブラックコーヒーを飲んだのはいつのことか覚えている。高校1年生の時だった。それまではブラックコーヒーなんて、苦くてとても飲めなかった。かならず砂糖とミルクを入れて甘くして飲んだ。ブラックは大人の飲み物だったのだ。

油絵クラブ

高校生になった時に油絵クラブに入った。なにかしらクラブに入るのが決まりだった。子供のころから絵を描くのは好きだったから自然な流れだった。クラブメンバーは10人ほどいたと思う。教える先生は美術部の先生だった。すこし年配の男性で、耳にかかるくらいの少し長めの髪、鼻の下にヒゲをたくわえていた。紫色のシャツを着ていたりして、いかにも美術の先生といった外見だった。

 

その当時、洋楽のロックバンドが好きだった私は、好きなロックスターを描くことにした。金髪で長髪、サングラスをかけている。油絵の題材としてどうかと思うが、とくに決まりはなかったので自由に楽しんで描いた。はじめての油絵。絵の具に油を混ぜ、キャンパスに描いていく。筆がゆらり、さらりと動く。油の匂い、もくもくと筆を走らせる音。静かだけど濃密な時間が流れる。油絵クラブは日を分けて何度か開催し、しかるべき時間をかけて作品が完成した。大きさは縦長で、縦50センチ位あったと思う。

そして美術部に

油絵クラブは終わった。今度は美術の授業。美術の授業は、いつもの教室から美術室へ移動して行われる。先生は油絵クラブの先生と同じだ。先生は授業があるたびに私のほうに近寄ってきて、「○○君、美術部に入らないか」と誘ってきた。その時は部活動はやっていなかった。最初はとくに興味なかったけど、何回か誘われるうちに「まぁ入ってもいいか」という気になり入部した。

 

前置きがかなり長くなってしまった。そう、はじめてのブラックコーヒーはこの美術室で飲んだのだ。学校の授業が終わると、放課後の時間は部活動にあてられる。私は美術室へ向かった。すると、ドアの前からかすかに音楽が聴こえてくる。ドアを開けると、けっこうな音量でジャズが流れていた。広い美術室とは別に、またドアを隔てて先生の個室がある。そこのドアが開いていた。先生に用があった私は話しかけると、誰もいないと思っていた先生は少し驚いたようだった。誰もいないから、けっこうな音量で聴いていたのだろう。音楽をかけていたのは初めてのことで、なんだか少し恥ずかしそうにしていた。

 

用事が済んだ私は、美術室で作品のつづきにとりかかった。少しすると先生がコーヒーと、ちょっとしたお菓子をもってきてくれた。それがブラックコーヒー。

 

「ブラックは飲んだことがない」と言う私に、薄めに作ったからと差し出してくれた。ぽってりとした陶器でつくられた小さめのカップだった。「飲めるかなぁ」と少し不安だったが、それがどうだ。薄めのブラックコーヒーは、サラリと私の口のなかを通っていった。ゴクリ。「飲める、おいしい」と驚いて先生を見ると、笑顔だった。

 

その後も放課後に活動していると、たまにブラックコーヒーをふるまってくれた。コーヒーカップはそれぞれ色カタチがばらばらで、これがポイントなのだが、それぞれコーヒーの濃さがちがう。薄いの、ちょっと薄いの、ふつうの。それがまた不思議なことに、それぞれが飲みたい味に一致していた。