飴玉くれる化学の先生

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高校生のときの化学の先生。メガネをかけて少し無精髭が生え、少し伸びたような黒髪はぼさっとしていて寝癖のあともある。あまり表情を崩さず面白いことを言う、どこかひょうひょうとしたした性格。実験するときに着る丈の長い白衣を着ている。ずいぶんおじさんに見えたけど、卒業アルバムで確認したらまだ30半ばだった。今の私のほうが、当時の先生の年齢をゆうに超えている。

 

卒業アルバムで先生や同級生の写真を見ていると「若いな」と思う。こんなに若かったのか。先生たちはずいぶんと大人に見えたけど、思っている以上に年が若くて驚く。なんの職業でもそうだけど、ずっとその職業についていると「いかにもその職業の顔」になっていく。先生は先生らしい顔、芸術家は芸術家らしい顔、政治家は政治家らしい顔。

長い年月をかけて、日々の習慣が細胞のひとつひとつに染み込み、血肉となり、その人なりの顔かたちを作りあげていく。

 

その化学の先生はオカダ先生といった。オカダ先生は白い白衣を着て授業をすすめる。どんなことを習ったのか。今となってはあまり思い出せないが、元素記号の暗記を一生懸命に覚えた記憶がある。元素記号Hの元素名は水素、Nは窒素、Sは硫黄、Mgはマグネシウム(覚えていないから調べた)。この元素記号を覚えるのに「水兵リーベ僕の船」と語呂合わせで覚えていた。懐かしい。調べたら元素記号118種類すべての語呂合わせがあって驚いた。

 

プラナリアの実験は面白かった。水のなかに住み、体がやわらかい体長2センチほどの細長い生物。すいーっと動く。白目と黒目のユニークな目(レンズはなく光を感じることができる)。いくつに切断しても、そのそれぞれが再生し増殖する。実験では透明なシャーレに入れ、切断され再生するプラナリアを見ることができた。

 

学校では日頃のテストのほか、期末テストがある。全教科のテストなので勉強は大変だった。期末テストの結果はこわいけど、気になるからはやく見たい。今日は化学の期末テストの答案がかえって来る日だと、みんなはドキドキしながらオカダ先生の到着を待っていた。

ガラッと教室の戸があき、白衣のオカダ先生が入っている。あれ、手に何も持っていない。クラス全員分の答案用紙だから、それなりの厚みがあってかさばる。「なんだ、今日は返してもらえないのか」とみんなは「あーあ」と言って心底がっかりした表情。

 

するとオカダ先生は「テストの結果を返します」と言って、手に答案用紙を持っているじゃないか。「え!」手品みたいでいったいどこから出したんだととみんなは驚いた。種明かしは、後ろのズボンに入れ白衣を着て隠して持ってきたのだった。これは何度か繰り返していたから「また白衣で隠して持っているんじゃない」と生徒たちにネタバレするときもあった。

 

ちょっとしたテストをやって、一定の点数をとった生徒には飴玉をくれた。白くてまんまるで、陶器のようにかたい、砂糖だけでつくられた飴玉。カラフルでしゃれた飴玉ではなく、飾り気のない無機質な外見はまるで化学の実験に使われるような姿をしている。オカダ先生はやはりこういうのが好みだったのか。

 

小包装ではないので、オカダ先生は袋を差し出し、生徒は手にのばしひとつもらう。砂糖だけのほのかな甘さ。かたいのでなかなかなくならない。これはただの飴玉ではない。授業中に先生公認で食べる飴玉は、禁断で甘美な味だった。