遠野の河童

岩手県の遠野といえば、柳田国男の「遠野物語」を思い浮かべる。1910年、柳田国男による幅広い調査で遠野にまつわる逸話、伝承をまとめた物語だ。河童や天狗、座敷わらしなどの妖怪、迷い家マヨイガ)、神隠しなど皆も知っている有名な話がおおい。「遠野物語」は小説で読んだことがあるし、水木しげるの漫画でも読んだ。

 

実家は青森、岩手はすぐ下の県なので子供のころはよく家族旅行したものだ。だいたいの観光地は行ったと思う。遠野の河童は有名なので行ったことがあるかもしれないけどまったく記憶にない。なんでだろう。口封じのため妖怪に記憶喪失にされたのだろうか。あれから何十年が経ち、この歳になって遠野に行ってみたくなった。もしかしたら記憶がよみがえってくるかもしれない。昔話に出てきそうな田舎の風景に身をゆだね、あわよくば未確認生物の河童を捕獲して名を上げてやろうと思う。はやる気持ちをおさえ、河童の好物のキュウリをぶらさげ車で向かった。

 

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遠野についた。近くに車をとめ歩いて向かう。ずっと田舎育ちだったので田舎には慣れているが、ここは山に囲まれ田畑が広がり、大自然のなかに集落がぽつぽつと点在している完全な田舎であった。日本昔話にでてきそう。季節は九月、天気は薄曇りということもあって、とおくの青みがかった山脈はぼんやりと霞みがかり雰囲気抜群。こりゃあほんとに妖怪でもひそんでそうだな。

 

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コース案内図の看板があった。草をかきわけ探す手間がはぶけた。河童は「カッパ淵」にいるという。まわりを眺めながらぶらぶらと歩く。

 

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背が高いツルが栽培されている。

 

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なんだろうとよく見たらビールの原料に使うホップだった。

 

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へえー、ホップは海外の輸入だろうと思っていたのに、遠野は日本一のホップ生産地だとは知らなんだ。ビールはしばらく飲んでいないけど、国産物の遠野のビールなんておいしそうだなぁ。

 

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しかし飲んで酔っ払っていては河童捕獲はできまい。すばしっこそうだし。気を取り直して先に進むと、常堅寺があった。河童に出会って悪さされたらいやだから祈願していこう。

 

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なに、カッパこま犬とな。どこがと思いよく見てみると、頭の上は河童のお皿のようなハゲ頭になっており、そのなかにお賽銭があった。へえー、こま犬と河童のハイブリッドとは珍しい。しかし私はお賽銭しなかった。このことがあとで命取りにならなければいいのだけど。

 

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「馬を川に引きこむいたいたずらに失敗したカッパは、おわびをして許され、母と子の守り神となりました。常堅寺の火事のさいは頭の皿から水を吹き出して消しとめ、いまでも一対のカッパ狛犬として境内にその姿をとどめています。」……すさまじきカッパ頭皿水の威力!

 

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ほどなくして「カッパ淵」についた。橋がかかげてある。

 

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きれいな澄み切った川がしずかに流れている。……えっ、ちょっと待って。カッパ淵ってさぁ、緑色のにごった沼だったんじゃないの。こんなにきれいで、しかも沼じゃなくて川だったとは。この歳になるまでずっと沼だと信じていたよ。たどりつくまで草をかきわけ探さなくちゃいけない未開の地だと思ってたし。いつどこで思い違いしていたんだろう。よく水木しげるの漫画を読んでいたから記憶がごちゃ混ぜになっていたのかもしれない。河童はきれい好きだったんだね。

 

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ちゃんとカッパ淵という看板があるのでわかりやすい。ここらへんに河童がでるのか。川はにごった黄土色ではなく、水が透明で底の砂地の色が見えているのだ。

 

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遠くに細い竿が見える。なんだろう。

 

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釣竿だ。

 

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えっ、キュウリ!餌は河童の好物のキュウリだよ。おだやかな川の流れにあわせて、ゆらりゆらりと気持ちよさそうに流れている。まわりはひと気がなく川はきれいだし、たしかに河童がすいーっと目の前に現れそうな雰囲気がある。

 

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カッパ釣りをしたい人はカッパ捕獲許可証が必要だそう。そうか、勝手にキュウリはあげられないのか。

 

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河童がまつってある。お供え物のキュウリはたっぷりと。しばらく静かなカッパ淵をながめていたが、河童は流れてこなかった。野生動物だからやはり人間を警戒しているのだろう。

 

夕方になり近くの「たかむろ水光園」へ宿泊。広々した美しい庭もありゆったりとした施設だ。名物のどぶろくソフトクリームを食べ、風呂に入り夕食をすます。夜になると雨が降りはじめた。カッパ淵に行ったとき降られなくてよかった。その雨はやむことはなく夜通し降り続けた。そっと窓の外を眺めると濃密な暗闇がひろがっている。こんな夜はいかにも河童がでそうだ。「やれやれ、やっと人間がいなくなった」とか言って、すいっーっと泳いでキュウリを食べていそう。そんな想像をふくらましながら寝床にはいった。

 

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あくる朝は雨はすっかりあがっていた。炊きたてご飯のおいしい朝食をいただいた。食後の熱いコーヒーにも満足だった。

 

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美しい庭を散歩する。

 

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ここにも河童がいた。

 

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遠野は神秘的だ。山深い風景を眺めていると妖怪がいてもおかしくないような雰囲気がある。今回は河童は見ることはなかった。……しかし本当に見なかったのだろうか。もしかして昨夜の雨の夜、口封じのため河童に記憶喪失にされたのかもしれない。

 

口語訳 遠野物語 (河出文庫)

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  • 作者:柳田 国男
  • 発売日: 2014/07/08
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水木しげるの遠野物語 (ビッグコミックススペシャル)

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