ハト子とクロ子

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小学生のころ、団地に住んでいた。同じデザインの団地が三、四戸建っていた。たしかそれぞれ四階建だったと思う。

 

団地にはベランダがあるので、そこに洗濯物を干した。天気のいい日にはベランダで外を眺めた。双眼鏡であちこち眺めるのも好きだった。遠くのものでもはっきりとよく見える。人の姿もよく見える。面白くていつまでも見ていられそうだった。

 

夜になり、暗くなったベランダをなにげなく見た母が「あれ、鳥がいる」と言った。え、と思ってそおっとのぞいて見ると、たしかに鳥がいる。「ハトだ」

 

ハトが逃げないように観察していたけどまったく動かない。鳥は警戒心が強いから人間が近づくとすぐに逃げるものなのに。母は「鳥目だ、鳥目だ」と言った。鳥は夜には視力が低下してまわりが見えなくなる。

「足になにか付いている。もしかして飼われているハトかも」と母は言った。ハトが身動きしないので、思い切ってハトを捕まえて、足に付いてるなにかを見てみようということになった。

思い切ってサッとハトを捕らえた。さほど抵抗はなく、アッサリと母の手におさまったハトの顔は目がまんまるだった。足には電話番号が書いてあるタグが付いている。飼われているハトだった。非日常の出来事に母もわたしも少し興奮していた。「ここに電話をかけてみよう」

 

電話はつながった。

 

母は「家にハトがきた」という旨を伝えた。そのハトはレースをするハトだった。ハトは強い帰巣本能があるため「レースバト」の競技に使われる。1000km離れていても自分の巣に帰ることができる。優秀なハトだと2000kmにもなるそうだ。この能力を利用したのは「伝書鳩」。映画で機密文書を伝達する場面を見たことがあるが、本当に使われていたとはおどろきだ。

このハトの飼い主は、母にお礼を言い「家に戻ることはもうできないと思うので好きにしてください」というようなことを話した。レースから脱落するハトもけっこういるようだ。そのハトは野生化してしまう。

 

部屋のなかで飼うわけにもいかないし、さてどうしよう。結果、またベランダに離すことにした。あくる日いなくなったと思ったら、またハトが家のベランダに来るではないか。そうなるとつい餌をあげてしまいたくなる。母は、トウモロコシや雑穀が混ざっているハトの餌を買ってきてベランダに置いた。新鮮な水も置いた。すると餌を食べに来る。毎日くるハトに愛着をもち、母は「ハト子」と名付けた。なんとも単純な名前だ。女の子っぽい名前をつけたがオスかメスかはわからない。

 

ハト子は餌を食べに毎日くるようになった。しかし警戒心は強いので、近寄ろうとするとサッと飛び立って逃げてしまう。おどろかせてしまわないように、そっと遠くから観察した。

ある時ベランダの窓を開けていたら、ハト子が部屋の中に入ってきた。母とわたしは驚いたけど、少しでも動くと逃げてしまうので気づかないふりをしていた。しばらくのあいだ部屋の中を歩いていた。だんだんとわたしたちに慣れてきたようだ。その後も何度か部屋にはいってきた。

 

そんな生活が数ヶ月も経っただろうか。ある時ハト子がベランダにとまったと思ったら、なんともう一匹ハトがいるではないか。ハト子は全体に白っぽいが、もう一匹のハトは黒っぽい。ハト子の恋人だろうか。

 

「すごいすごい」とわたしたちは興奮した。ハト子に恋人か友だちができてとてもうれしかった。母は「クロ子」と名付けた。それからはいつも二羽なかよく一緒にベランダにきた。

 

しかし心あたたまる日々は続かなかった。

 

母が隣の奥さんと話していたら「最近ハトのフンに困っている」と言われたという。ハトも大切だけど、フン害に迷惑しているお隣さんの事情はよくわかる。このままほおっておくわけにはいかないだろう。ハトにはもう来ないようにした。

 

来たらシッシッと手で追い払った。この仕打ちにはハト子クロ子はわけがわからなかっただろう。昨日までは歓迎してくれてたのに、なんでって。何度か追い払っていくうちに、来なくなってしまった。これで人間の手を離れ完全に野生化していくことだろう。わたしはとても悲しかった。母のほうがもっと悲しかったかもしれない。そして家にはハトの餌だけが残った。

 

 

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