悪夢の石

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幼稚園へ通っていたときの話。幼稚園は住んでいる団地から歩いていける距離だった。幼稚園の広場には遊具や砂場があった。広場は運動会でかけっこできる広さがある。汚れたら、はじっこにある水飲み場で手を洗ったりうがいをした。

 

友だち何人かで、水飲み場の近くで石を磨くのが流行っていた。そこらへんにある灰色の五センチくらいの石を拾って、水をつける。コンクリートの床にごりごりと押し付けると、だんだんとデコボコがなくなっていく。水をつけて研がれた石からは白っぽい研ぎ汁がでる。ひたすらに研ぎ続けていくと、平らになめらかになっていくのだ。

 

スベスベの面は触ると気持ちいい。それなりに時間はかかるが子供の力でも平らになったから、それほどかたい石ではなかったのだろう。一面がスベスベになると別な面も研ぎ始める。できあがりに満足するとハンカチに包んで家に持ち帰った。

 

その石とは別に、玉砂利が敷いてある場所があった。大きさは2センチほどでで小さめ、全体が丸っこくてすべすべしている。色は黒、焦茶色、茶色、白といろんな色がありとてもきれいだ。子供の手にちょうどよく、見ていて触るだけでも楽しい。これまた思わずハンカチに入れて持ち帰りたくなる。ところでその石には、友だちの間でこんな噂があった。

 

 

「白い石は決して持ち帰っちゃだめ。怖い夢を見る」

 

 

その噂はだれがはじめに言ったのかはわからない。でも知らない人はいない。幼稚園に入ってからどのように知ったのか、それも覚えていない。気が付いたら暗黙の了解になっていた。子供心にそれは「絶対に守らなくちゃいけないきまり」だったし、怖かったから決して破ることはなかった。

その玉砂利の石が好きだったので、黒、焦茶色、茶色の石をハンカチに包んで持ち帰っていた。持ちかえってから家で何かするでもなく、また次の日にそのまま幼稚園に持ってきていた。その繰り返しで飽きもせず石遊びを楽しんでいた。

 

ある時友だちがふざけて、白い石をぽいぽいと二、三個わたしのハンカチに入れた。「あー、もうだめでしょー」って言って、白い石を取り出した。友だちはまた入れる。子供同士のつまらないいたずらだ。それをなんどか繰り返していたと思う。

 

そうやっているうちに家に帰る時間がやってきた。友だちはもう帰り支度でいなくなってしまった。そこにわたしだけが残された。まわりはひっそりとして誰もいない。白い石が二、三個入っているハンカチをそっと眺めた。白い石は怪しくきれいに光ってみえた。捨てればよかったのに、なぜかわたしはそっとそのままハンカチを包んで家に持ち帰った。

 

その石はハンカチに包んだまま、寝室にある茶色いタンスのうえに置いた。昔ながらの重厚感のある無骨なタンスだ。寝る時は両親と同じ寝室で寝ていた。

 

石のことはすっかり忘れていた夜、布団で寝ていたら悪夢にうなされた。ハッとして目が覚め「夢だった」と気づき寝るが、また悪夢を見るのだ。七、八回ほど見たと思う。どれも怖かった。悪夢の内容はほとんど覚えていないけど、ひとつだけは覚えている。

 

悪夢で目が覚め「また夢だった」と寝ると「ワハハハ ワハハハ ワハハハ」と悪魔のようなバケモノが笑い狂っている。おぞましくて怖くてハッと目が覚めた。寝たとたんに何度も悪夢を見るのだ。おちおち寝ていられないがそうもいかない。眠りに落ちると必ず悪夢を見る。七、八回だなんて、こんなしつこい悪夢ははじめてだった。まるで「エルム街の悪夢」のようだ。となりの両親は寝ている。両親を起こして助けてもらおう、という気持ちは考えつかなかった。うなされて、起きてを繰り返した。

 

長い長い夜が明けた。いつのまにか寝ていたようだ。気がつくと部屋は明るかった。新鮮で新しい朝がやってきたのだ。明るい部屋は昨夜の悪夢がうそのように、なにも心配がないように思えた。しかし昨夜の悪夢のことはハッキリと覚えている。なにせ幼稚園児のときの記憶がいまだに覚えているほどだから。

 

「白い石のせいだ」

 

わたしは石の入っているハンカチをつかんだ。幼稚園へ行くとバラバラと元の場所に戻した。それから悪夢は見ていない。

 

 

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