アリジゴクと化石

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小学生の放課後。そのまま帰るときもあれば、教室にのこって友だちと話をしたり何かしたり、校庭に出て遊んだり。校庭は広いので、かっけっこしている子もいれば、ボールで遊んでいる子もいる。ブランコや鉄棒、うんていなどの遊具のある場所も人気だ。小学生は元気がありあまっているのでよく遊ぶ。私もよく遊んだ。

 

放課後で遊んでいると知らず知らずのうちに時間が経っている。少しづつ遊んでいる子はいなくなっていく。気がついたらブランコに乗っている私たちとあと数人、ってこともあった。あたりはまだ明るくて平和な時間だと思っていても、だんだんと夕刻にせまってきている。

 

そのころ「ビートルズのイエスタデイ」の音楽が流れてくる。これは「もうお家へ帰りましょう」という合図だ。当時はビートルズは詳しく知らなかったけど、どこか懐かしいような哀愁の漂うメロディが胸にせまり、しんみりとしてくる。子供心に「いい曲だな」と思った。さっきまで楽しく遊んでいたのに「そうだ、もう家に帰らなくては」という気持ちになってくる。友だちとバイバイし、家に帰り、母が作ったあたたかな夕ご飯を食べた。

 

そんなある日の放課後、いちばん仲のよい友だちと遊ぶことになった。遊び場所はすこし離れているので、いったん家に帰り自転車に乗りかえる。化石が見つかる山があるらしい。山とは言っても山奥ではなく、すぐそばに舗装された道路がある開けた場所だ。自転車で行くとあまり時間はかからない。ふたりで待ち合わせをし、その場所に向かった。

 

そこはごっそりと岩肌が見えている山だった。断層があって黄土色でゴツゴツしている。地面はサラサラとした砂のような感じ。たしかにここには化石がありそうだ。ここが山を越えるスタート地点になる。アスファルトで舗装された道路があり、自動車が走っている。田舎なのでこういった山道があるのだ。

 

化石があるか、しゃがんで見てみる。さほど時間をかけることなく貝の化石は見つかった。大きさは1、2センチほどの小さな貝だ。うれしくなってずっと探していると、そこらじゅうに同じような貝の化石を発見した。こんなに簡単に見つかるものなのか。

 

ふと、砂のような地面を見ると、なにやら沢山のすり鉢のようなくぼみがある。あぁ、これはウスバカゲロウの幼虫、アリジゴクの巣だ。まわりを見渡すとあたり一面アリジゴクの巣だらけだった。何百個あるのだろうか、とにかくものすごい数。化石のことは忘れ、今度はアリジゴクに夢中になった。くぼみの中心をつつくとアリジゴクがいる。後ろにしか進まないのが面白い。その名の通りアリを餌にしている。すり鉢のようなくぼみはサラサラとしていて、そこに落ちるともう逃げられない。体液を吸われペラペラになって死んでしまう。残酷だが見ていて飽きない。

 

「このアリジゴクを家に持って帰って飼育しよう」と思いついた。30センチ程度の紙箱があったので砂と共にそこに入れた。2、30匹はあっただろうか。持ち帰ったのはいいけど、餌のアリをあげるのがとても大変だった。アリジゴクは数が多いので、それぶんアリも沢山とらないといけない。日課はアリとりになった。ピンセットを使いガラス瓶にアリを入れる。アリはそこらへんに豊富にいた。とったらアリジゴクに与える。何日か経った日、同じようにアリジゴクにあげていたら、一匹のアリが私の手に噛み付いた。それが痛いのなんの、こんな小さいアリなのに恐怖を感じた。思わず手で叩いたけど、そのアリは自分たちの運命を察して、最後の力をふりしぼったのだろうか。子供心に「申し訳ないことをした」と思った。もうやめよう。明日、アリジゴクは元の場所に返そう。

 

明日になり、ひとりで自転車を走らせた。箱の中のアリジゴクは一匹残らず元の砂場に返した。これでよかったんだ。あたりはひっそりとしている。アリジゴクはまた日常生活にもどった。すこし日が暮れている。私は空の箱を自転車のカゴにいれ家に帰り、アリジゴクのいない日常生活にもどった。