プール

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20年前は溶接工場で仕事をしていた。朝8時からはじまり定時だと17時に終わる。工場と自宅の距離は近かったので17時すぎに帰宅した。自宅のすぐそば、歩いて1、2分の距離にスポーツジムがあった。そのころは夏の前あたりで暑くもなく寒くもなくちょうどいい季節だった。「仕事終わりジムのプールで泳いだら気持ちいいだろうなぁ」と溶接の仕事をしながら思った。ほどよく冷たいプールでゆうゆうと泳ぐ私。仕事終わりのプールだなんて時間に余裕のある私……。熱い溶接の現場仕事とはまるで別世界、清涼感のあるプールは私の細胞ひとつひとつに入りこみ、すみきったみずみずしい心身へと変化していくことだろう。そんなイメージがむくむくと頭をもたげ、何日もそれは消えることはなかった。いや、むしろイメージは鮮明になり、思いは強くなっていった。

 

スポーツジムはちょうど「入会金0円キャンペーン」をやってので、あっさりと入会した。プールだけでなく、ジムのほうも使える。なにをかくそう、私は泳げなかった。なので「プールでゆうゆうと泳ぐ私」はあくまでイメージであって、現実ではなかった。イメージは勝手にどんどんふくらむものだ。そのジムでは曜日、時間によって無料で泳ぎを教えてくれるという。

 

さっそく仕事終わりに行くことにした。家に帰り、支度をして向かう。もちろん水着やゴーグルは事前に買っておいた。この日、この時間はプールの無料教室はない。泳げなくてもとりあえずプールに入ってみよう。プールに入るのはかなり久しぶりだった。適度に冷たく、水中だから浮遊感がある。25mのレーンをウオーキングしてみる。ゆらゆらとした水面、一面水色の世界をゆっくりと進んでいく。いつもとちがう現実、非現実感があってなんだか面白い。すこし疲れたら温かなジャグジーに入り、体を休める。

 

たまに仕事の残業があったので、毎日プールとはいかなかったけど、けっこうな頻度で通った。なんたって家から近いというのが気楽で続けられる。しかし未だに泳げないままだった。無料教室はあまりなくタイミングが合わないので教えてもらっていない。はじめはプールでウオーキングだけでも楽しかったけど、それも慣れてきて日常となる。私はウオーキングではなく泳げるようになりたいからここへ来たのだ。

 

気分を変えてジムのほうもやってみた。器具を使った筋トレとウオーキング。会社の仕事では重い部品を運んだりするから、腕の筋肉がけっこう付いていた。同僚の人にちょっと驚かれるくらい。継続は力なりというけれど、毎日の地味な継続がいつに間にか大きな力となっている。そのときも普通体型だったけど、欲がでて「もう少し細くなりたいな」と思っていた。ジムの器具を使った筋トレをやり、ウオーキングは1、2時間やったりした。仕事終わりにやるので外はもう暗くなっている。ジムでは軽快でテンションがあがる音楽が流れている。その時レッチリレッド・ホット・チリ・ペッパーズ)が流れてたのは今でも覚えている。聴きながらもくもくとウオーキングをする。仕事終わりに2時間もジムで汗を流している私。レッチリで気分は高揚し、まんざらでもない気持ちで「私、イケてるんじゃない?」って気になってくる。

 

このようにジムやプールで汗を流していると、いつもより食欲がわいてくる。そのとき何を食べていたのか思い出せないが「これだけ運動してるんだから食べてもよいだろう」と、確実にいつもより食べていた。数ヶ月は経っただろうか。体重を測ってみたら減っておらず、むしろ増えている。「なぜだ、これはおかしい」ダイエット、運動あるあるだ。増えたぶんは筋肉より脂肪が多いだろう。だって運動した以上に好きなものを食べていたのだから。その現実を目の当たりにして、なんだかやる気がなくなってしまった。体重を増やしたまま、泳げないまま、そのままジムはやめてしまった。