逃亡

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まっとうな勤め人なら、今ごろ晩御飯を食べている頃だろう。定時なんて言葉はない。終業時刻なんて言葉はない。終業時刻は仕事が終わるまで、そんなの当たり前。残業代なんてでない。ブラックと言われる、みなし残業制度すらない。これぞ立派なブラック企業。おめでたくて涙も出てこない。こんな現実、就職前に教えて欲しかった。

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デスクトップ 21.5インチの iMacが、ずらりとフロアに並ぶ。クライアントの互換性を保つため、Windowsのパソコンもある。最新のiMacばかり買えないから、社長に承諾をとり、型落ちの中古品を買って設置する。出しっぱなしになっている仕事の書類やプリントがそこらへんに放置してある。これ、何年前のだ?ほこりかぶってるし、もう捨てたら?素材集のCDが棚にずらりとならび、乱雑に扱うもんだから、プラスチックケースは割れ、ブックレットは汚れ折り目がつき、直接赤いボールペンで印までついている。直接、書くなよ。もちろん年代物の「具満タン」もぎっしりとつまっている。もう古いよ。会社は3つほどの部屋にわかれ、チームごとにわかれている。それぞれ扱う仕事がちがう。ひとチーム、4・5人程度か。小さい有限会社だ。

 

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さて話はもとにもどって、いまは何時……まだ21時か。まだまだこれからだ。長年この仕事をしていると、時間の感覚がおかしくなる。今日はめずらしく仕事が少なかった。このまま平和に終わるかと思っていたら、夕方くらいに営業がむちゃな仕事をもってきた。しかも、納期は明日の朝一。はぁー、そんなのムリだって。しかしクラアントの命令は絶対。さからうことなんてできない。4人全員、諦めムードでさっさと仕事に向かう。文句を言っているヒマがあったら進めたほうがいい。だって終わるまで帰れないし。

仕事中はお菓子食べながら、コーヒー飲みながら、それは自由だ。人によってかかえている仕事のペースがちがうから、昼休み時間もまちまち。今みたく夜遅くなる時は、外に食べに行ったり、コンビニでなにか買ってきて自分のパソコンの前で食べたりする。連日のブラック仕事で体がきしんでいる。万年肩こりは自覚症状がない。眼精疲労もいつものことだ。

ちらっと窓の外を見ると濃紺の闇でまっくら、おまけに窓ガラスに目がしょぼしょぼの誰かさんと目があった。見るんじゃなかった。さっきコンビニで買ってきたちいさな弁当を、割り箸で口にはこぶ。今夜は終電には帰れるのか。

もくもくと仕事を進めていると「ちょっとコンビニ行ってきます」とA君。みんなは、パソコン画面をにらみながら、「いってらっしゃーい」と気の抜けた返事をする。そうそう、食べないと力が出ないからね。……しばらくたってもA君は帰ってこない。いくら待っても帰ってこない。そのままA君は、二度と、永遠に、会社に戻ってこなかった。

 

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